〜黒人霊歌の歴史〜
「黒人霊歌」という日本語は、かつて英語で一般的だった「Negro Spiritual」を置き
換えたものである。「ニグロ」はネグロイド(黒人種)を語源とする黒人の呼び名として長い
こと使われてきたが、黒人の蔑称である「ニガ−」に近い響きを持つことから最近ではその呼び
名が控えめになってきた。黒人霊歌にはあの悲惨な奴隷制度が大きく関わっているわけであるが、
奴隷制度から黒人霊歌が成立するまでを見てみると、そこにはキリスト教の存在も欠かせない。
それではその歴史的流れを見てみることにする。
彼ら奴隷たちがアフリカから連れてこられた奴隷船、そこでは毎日一回奴隷たちを甲板上
に引きずり出しては強制的に歌い躍らせたという記述がある。これは貴重な「商品」をなるべく
健康に保っておくためであった(長い航海のうちに奴隷の15%が病死あるいは自殺を遂げたという
統計もある)。このためこの時バンジョーというアメリカの民族楽器となるものの原形といわれる
アフリカの楽器も船に積み込まれたようだ。この時期に奴隷たちが歌った歌は、家族や親しい者たち
から引き離されることへの恨みと悲しみで、実に悲痛に満ちた物悲しいものであった。
さて新大陸に渡った初期、白人からは奴隷労働に必要な最低限の言葉しか教えられなかった
ため、歌や踊りという集団的なレクリエーションは言語の不自由な奴隷同士が一体感を感じ、しばし
の間苦渋に満ちた境遇から自らを解放させるもっとも身近な手段であった。単純なフレーズを反復し、
少しずつ変化させ、アフリカ的なリズムに乗せ、打楽器は手近なもので代用し、なければ手拍子でも
こと足りた。17世紀中にはカリンダやカレンダと呼ばれる舞踊音楽も形成された。
18世紀半ば以降になると、次第に黒人音楽も白人音楽の影響を受けるようになってくる。
ヴァイオリンなど西洋の楽器を教え込まれ、奴隷主主催の夜会や舞踏会で演奏に加わる奴隷も少な
くなかった。しかし白人音楽は黒人音楽に取って代わるものではなく、あくまで黒人音楽と平行
した補完的なものであった。
そして新たな音楽、黒人霊歌の誕生には奴隷へのキリスト教浸透が大きな契機となった。
黒人霊歌は、アフリカの音楽の伝統と西洋音楽的要素を併せ持つものの、純粋にアメリカで生まれた
音楽といえる。18世紀後半、英国に端を発したキリスト教の大覚醒運動に煽られて、アメリカ南部
でも奴隷への布教活動が活発化してきた。宣教師は黒人の音楽的要素に着目し、詩篇と讃美歌集を
キリスト教の教化に活用したのであった。これは見事に功を奏し、後の黒人霊歌の発展に大きな
影響を与えたとされる。しかし奴隷主たちは、奴隷たちがキリスト教の教え(神の前に人は平等と
いう思想)を奴隷が持つことを嫌がったので布教はほんの一部にとどめられていた。黒人の英語の
習得や、国内外で奴隷制反対の世論が高まり始め、奴隷たちが自由への願望を顕在化させ始めたこと
などもこの契機の前提となっている。
19世紀に入りキリスト教の大覚醒運動は第二段階に入り、ますます活動が盛んになっていった。
次第に布教への反対は反社会的なものとまでみなされるようになり、自らも信仰に覚醒し始めた南部の
人たちは、次第に宗教教化を認めるようになっていった(しかしこの時の教えは、奴隷は主人に忠実
に尽くし、仕事に励まなければならない、というものだった)。このころ夕食をともにしながら説教
を聞き、讃美歌を歌うといったようなキャンプミーティング(福音伝道集会)というものが盛んに
開かれていた。はじめは黒人の参加は認められなかったが、次第に黒人の参加も認められ、時には
黒人だけのキャンプミーティングも開かれるようになった。こうした中で彼ら特有の宗教歌(黒人
霊歌)が生まれ、それらは時に教会の礼拝でも歌われるようになった。こうして発展していったもの
が黒人霊歌である。
現在歌われる黒人霊歌の全ては、奴隷制の終わりごろ、元奴隷達の歌う黒人霊歌を聴いた白人
によって採譜され収集されたものが原形となってくる。黒人霊歌の楽譜集や黒人霊歌を歌う合唱団が
登場してくるが、やがて奴隷時代の暗い記憶を払拭しようとする気運の中で、黒人による黒人霊歌の
演奏は下火になっていく。黒人霊歌が再び脚光を浴びるのは二十世紀になってからのことである。
また、この時期には黒人霊歌を源流にした、ゴスペル、ブルース、ジャズといったジャンルも生まれ
ている。近年ではモーゼズホーガン率いる黒人合唱団を筆頭に世界中で愛され、演奏されている。
〜黒人霊歌の音楽的特徴〜
黒人霊歌は躍動感をもたらすシンコペーションが特徴である。
それからアフリカ伝来のものといわれる「コール・アンド・リスポンス」の形態、ボディアクション、
即興性、ブルーノート(哀感な音調を出すために半音とまでいかず三分の一音と微妙な程度、音を下
げて歌うこと)等も特徴として挙げられる。
theは「de(ダ)」、thatは「dat(ダット)」と発音するような独特な黒人なまりも黒人霊歌
の大きな特徴である。アフリカの黒人が突如異国に連れてこられたことがこの言語的面からも感じられる。
また黒人霊歌が持つ「二重の意味」も興味深いものがある。
それは時に、奴隷主に隠れて仲間達と交信する暗号であったり、自らの境遇、感情を裏に含める
といったとても奥深いものであったりした。
〜最後に〜
黒人霊歌は、知識を得れば得るほどおもしろさや深みの増すジャンルだと思う。
これらはあくまで最低限の情報に過ぎないので個々人で霊歌について、奴隷について調べてみること
をお勧めする。参考までに今回主に使った文献は、小川洋司さんの『深い河のかなたへ』という本で、
東洋大学の図書館にもあるのでぜひ一度読んでみてはいかかでしょうか。
白山グリークラブが何十年もの間「黒人霊歌」を歌ってきていることを、
そして今も歌いつづけていることを誇りにこれからも歌っていきましょう!
平成16年度楽譜部長